自信がないまま、走り抜けたママの挑戦

北海道恵庭市。
札幌と新千歳空港の間にあるそのまちは、夏の空が高く感じます。
陽ざしは強いのに、風がさらりとしていて、噴水のしぶきが小さな虹をつくる日がある。

ゆうかさんが北海道ママのオンラインコミュニティ「ニアラボ」に入って、初めて“書き込む側”になった頃のことでした。恵庭のりりあという遊び場。噴水で遊ばせようと思って出かけたら、たまたま市のイベントと重なって、駐車場は大混雑。「噴水だけ楽しみに行ったのに、イベントの人たちと一緒になっちゃって」と、ゆうかさんは少し困ったように笑います。

わざわざ書き込むほどでもない。
札幌の人が恵庭に来るのかな。
そんなふうに指が止まったのに、投稿してみたら「情報ありがとうございます」の返信が返ってきました。

たったそれだけ。なのに胸があたたかくなったと言います。
誰かとつながるって、こういう“小さな肯定”の積み重ねなのかもしれない、ゆうかさんのお話を聞いてそう感じました。

目次

むかわ町から恵庭へ。気づけば20年が経っていました

ゆうかさんは北海道むかわ町の出身です。高校卒業までを地元で過ごし、卒業と同時に就職で恵庭へ来ました。

「恵庭歴、20年ぐらいになります。地元より長くなっちゃった感じです」

転勤で千歳や江別に通うことがあっても、住まいはずっと恵庭のまま。結婚したご主人も恵庭の方で、「そのまま住もうか」という流れで今も恵庭に暮らしています。

ゆうかさんの素敵なお家

「恵庭っておしゃれなカフェあるよね、って言われても、え?そうなの?って。行ったことないです(笑)」と笑うゆうかさん。

暮らしは、いつも目の前のことでいっぱいになります。知らない場所を開拓するより先に、やることがある。守りたいものがある。ゆうかさんの言葉の端々から、そんな生活のリアルが伝わってきました。

高校卒業後、ゆうかさんが就いたのは金融機関のお仕事。保険の窓口業務を担当し、加入手続き、事故対応、入院や手術の請求対応、共済金の支払いなど、事務の最前線を11年間走り続けました。

「結婚を機に辞めたっていう、ちょっといい辞め方をしたんですけど…仕事はもうやりたくないなと思って辞めました」

“結婚を機に”という言葉はよく聞きますが、その一言には、節目以上の重みがありました。窓口で人の不安を受け止め、正確さが求められる日々を積み重ねてきたからこそ、ふっと限界が来たのかもしれません。

それでも辞めたあとに気づきます。
自分の強みって、何だろう。
やっぱり「事務しかない」のかもしれない。

ゆうかさんは派遣で事務の仕事を続けました。けれど心のどこかに、“別の自分”もいたと言います。

「もともと保育士になりたかったんです」

「先生として挨拶してください」——幼稚園で見つけた“意外な自分”

学校に行って資格を取ったわけではありません。それでも「保育補助なら」と、幼稚園で働いてみました。

すると初日から、思いがけない場面が来ます。

「パートで入ったのに、園児の前で“先生として挨拶してください”って言われて…すごく緊張したけど、ちゃんと挨拶できたんです。自分でもびっくりして」

散歩に行く。ご飯の介助をする。お昼寝の寝かしつけをする。担任ではなくても「先生たちと同じことをさせてもらった」一年でした。

そして——そのあと、妊娠がわかります。

10週で「双子です」。不安のなかで受けた手術

妊娠初期、心拍確認までは“一人”でした。そこから一卵性の双子だとわかったのは、9〜10週の頃です。

「双子はこの病院では産めないって言われて、大きい病院に転院になって…もう不安でしかなくて」

一卵性双子は胎盤を共有します。栄養の偏りや羊水の差など、説明されるリスクも多いそうです。そしてゆうかさんは、そのリスクに直面しました。

片方の赤ちゃんの心拍が弱り、「もう一人を助けるための手術」を提案されます。胎盤をレーザーで処置し、栄養がしっかり届くようにする手術でした。その手術は北大病院でしかできないと説明され、ゆうかさんは約2ヶ月入院することになります。

「お腹に穴を開ける手術で、全身麻酔でした。助けてください、ぐらいの勢いだったので…どうなってるか覚えてないんですけど」

早産の可能性も言われながら、それでも赤ちゃんたちは帝王切開の日までお腹の中にいてくれました。

出産後、ふたりは小さく生まれたものの、病気や後遺症なく育っています。

「一人目が双子だったので比べられないんですけど、すごく大変だった記憶があんまりないかもしれないです。意外と寝てくれたんです」

そう言いながら、ゆうかさんの育児には工夫が詰まっていました。

時間差になると自分がつらいから、同じ時間に起こして授乳する。母乳は出ていたけれど、哺乳瓶で量を把握しながら飲ませる。搾乳もしながら、やり方を整えていきました。さらに、幼稚園での経験を活かして「音楽+トントン」で寝かしつけ、抱っこで寝かせないスタイルを最初から徹底します。

「私一人のとき、首座る前は抱っこできないから。もう音楽流してトントンで寝かせるしかなくて」

“できない”を嘆くのではなく、できる方法を探して形にしていく。ゆうかさんの強さは、こういうところにあるのだと思います。

工場パートで生まれた「モヤモヤ」を救ったのは、共感でした

家を建てたこともあり、「働かなきゃ」と思ったゆうかさんは、双子を0歳児クラスに預け、休みやすい仕事としてクリーニング工場でパートを始めました。

けれど、急遽おやすみを言い渡されるようになったりと、収入も減るし、予定も立てられない。そんな状況に心がざわついてきました。

「身内には愚痴は聞いてもらえるけど、寄り添ってくれるっていうのとはちょっと違うんですよね」

ゆうかさんが「ニアラボには味方がいる」と感じたのは、このときでした。その時感じたモヤモヤをニアラボ内で投稿すると、共感してくれる人がいた。

恵庭、千歳エリアに住むニアラボメンバーとのオフ会の様子

「それが、嬉しかったですね。一番です」

問題そのものがすぐに消えるわけではありません。
でも“わかるよ”と言ってもらえるだけで、人は少し息がしやすくなるのだと思います。

ニアラボで見た「在宅で働くママたち」が、景色を変えた

クリーニング工場で働きながら、ゆうかさんはニアラボに入り、そこで見たのは自分の周りにはあまりいなかった働き方でした。

在宅で働いてるママさんがたくさんいて、なんかいいな、みたいなところが始まりでした」

ただ、憧れだけでは終われません。すぐに現実も見えました。

「でも結局、自分に何もスキルがないと、お金をかけてスクールに行ったり、勉強しなきゃいけないっていうのがあって。ちょっと諦めかけてたんです

“変わりたい”と思った瞬間に、同時に“私には無理かも”がやってくる。
ゆうかさんも、まさにそこに立っていました。

無料の職業訓練が、現実的な突破口になった

そんなときに見つけたのが、無料で受けられる職業訓練のオンラインコースでした。ウェブデザインを学べて、半年間、自宅で勉強できる。しかも保育園に預ける理由にもなる。

「保育園に預けたまま家で勉強ができる半年間って、すごくいいなと思って」

やりたいと思ったのは夏頃。お盆休みのタイミングでハローワークへ行き、すぐ申し込んだと言います。

ただ、最初の挑戦では落ちてしまいました。それでも諦めなかった。原動力を尋ねると、ゆうかさんはさらっと、でも力強く言いました。

「成功するまでやり続けるのが、たぶん私のモットーなんですよね」

興味を持ったことは徹底的に調べる。検索して、比較して、納得して動く。ゆうかさんの“行動力”の正体は、勢いではなく探究心なのだと思います。

職業訓練が始まると、週に一回のZoom授業がありました。課題を発表する場で、ゆうかさんは毎回緊張していたと言います。

「始まるよってなった時に、ついていけるかな、どうしようって不安がありました」

それでも夜更かしして課題をやりました。“やらなきゃいけない”と自分に言い聞かせて、必死で食らいついた半年間。振り返って、ゆうかさんはこう言いました。

「頑張ればできるって自信は持ってなくて。私にもできたんだっていうのは、終わってから自信になってるんです」

この言葉は、いま迷っている人にとっての救いになる気がします。
自信があるから挑戦できるのではなく、自信がないままでも走った人が、走り切ったあとに“自分を信じられる材料”を手に入れていくのだと。

いまは「何でも屋さん」みたいに。できることを増やしている最中

現在、ゆうかさんは個人事業主として働いています。固定の仕事ではなく、ライティング、デザイン、ウェブサイト制作など、さまざまです。

「これを月にやってますっていうのはなくて。単発でライティングをやったり、デザインをやったり、ホームページ作ってほしいっていう話があったり」

収入も、いきなり大きくはありません。

「パートでも本当に4万ぐらいしか稼げてなかったので、それぐらい稼げたらいいな、ぐらいで始めてる感じです」

派手な成功談ではなく、生活の中で現実的に積み上げている。そこが、ゆうかさんの言葉をいっそう信じられる理由なのだと思います。

最近はAIも勉強していて、図解スライドの制作にも興味があると言います。

「インスタとかでよくある、情報をまとめましたみたいなスライド。ああいうのを作って、仕事につなげたいなって思ってます」

目標は「週3で20〜30万」。そして「おかえり」と言いたい

ゆうかさんの未来図は、驚くほど具体的です。

「週3日ぐらいで、20〜30万稼いでたいです」

その理由は、ただ稼ぎたいからではありません。子どもとの時間を増やしたいという願いがありました。

「自分の親が働いてて、小学校の時、鍵を持って家に帰ってたんです。だから、ちゃんと“おかえり”って言ってあげたい」

子どもが小学校に上がる時までに、落ち着いていたい。タイムリミットがあるからこそ、がむしゃらに走れる。そう言い切れる強さが、ゆうかさんにはありました。

最後に「一歩踏み出せない人への一言」をお願いすると、ゆうかさんは「押すのって難しい」と言いながら、自分が押されてきた経験を話してくれました。

職業訓練後、フリーランスとして一歩踏み出すのではなく「就職しよう」と思っていたゆうかさんに対し、地元の友人が言ったそうです。

「ゆうかちゃんがやりたい未来に近づくなら、フリーランスが一番じゃない?」

その言葉を言われたとき「そうなの?私にもできるかな?」と思ったそう。ゆうかさん自身、押されたから今がある。
そしてゆうかさんは、その“押された感覚”を、別の誰かに渡していく人でもありました。

「押された気持ちを誰かに伝えたくなるんですよね。周りの友達も、私から聞いたことは信用できるっていうか、やってみようと思ったって言われることがあって」

背中は巡っていく。
ひとりの勇気が、次の人の勇気になる。
ゆうかさんの物語は、そんな循環の中にありました。

もし今、踏み出せないあなたがいるなら

ゆうかさんは自分のことを「自己肯定感が低い」と言います。
でも取材をしながら思いました。

自己肯定感が高いから動けたのではなく、
自信がないままでも、未来のために“必死で走った”からこそ今があるのだと

「自信は、終わってからついてきた」

大きく変わる必要はありません。
最初の一歩は、ちいさくていいです。

恵庭の噴水の混み具合を投稿する。
それだけでも「ありがとう」と返ってくる世界がある。

その“小さな肯定”が、次の一歩を連れてきます。
人生を変えるきっかけは、派手な覚悟ではなく、「入ってみようかな」と思えた、あの瞬間から始まるのかもしれません。

自信がなくても、大丈夫。
走っている最中は、怖いままでいい。
「私にもできた」は、終わってからついてくる。
次に走り出すのは、あなたです。

ライター:りさこ
インタビュー日:2025年6月

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